August 11, 2006

はだしのヨル

久しぶりの小説です。読みにくいところありましたら、申し訳ございません(滝汗)
なんだか一気に書いてしまいましたので、誤字脱字ありましたらすみませんorz
小説も見やすいようにサイドバーできちんと整理をしていきたいと思います。


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『はだしのヨル』 >> 短編小説


 けれど、それに僕は心惹かれた。
 それは認める。彼女は、とても美しかったし、歩いている人が10人いれば、10人とも振り返るであろう美貌も持っていた。閑散とした場所に佇んでいるはずなのに、彼女のまわりの空気だけ、光り輝いているように見えた。
 今からやらなければいけないことがあったはずなのに、そんなものは心の中からぽっかり抜け落ちてしまって、僕は彼女をじっと食い入るように見つめていた。
 彼女は、振り返ってこちらを見つめて、ただそこに呆然と立っている僕に向かって、微笑んだ。

「あなたも、死にきたの?」

 それが、僕と彼女の出会いだった。


 唐突に何もかもがつまらなくなってしまった。多分、それが発端だろうなと思う。僕を取り巻く世界は常に暗澹としていて、その薄い暗闇の中で、薄っぺらい未来を追いかけている、そんなようなものだった。
 何もかもに終止符を打ちたくなって、だから僕は屋上へ向かった。
 僕の名前は松本と言う。下の名前は嫌いだ。親がつけた名前だから。それを言ったら名字も親と同じだから嫌いだ。だが、それだと呼ぶのに困る。だから、名乗る時はずっと名字を名乗り続けていた。下の名前は、だから言わない。両親は離婚。母親の元で暮らしている。その頃からだったかもしれない。小さい頃には、きらきらと輝いて見えていた周りの風景が、急に寒々とした灰色、黒……それらの色が混濁したように見えてしまった。暖色系の色なんか無くて、だから僕は目を塞ぐ。

 階段をゆっくりと一段ずつ踏みしめるようにして上って行く。一歩一歩死に近づいて行く。けれどそれを怖いとは思わない。それは、僕が望んだことなのだから。
 軋む扉を開ける。ここの鍵は、何年も前に壊されてしまって今はその形だけだ。簡単にひねれば取れる。ガチャン、と大きな音を立てて鍵が落ちる。鎖を一回腹いせに踏んで、屋上に出る。扉を後ろ手に閉める。
 冷たい風が体を刺すようにして吹いていた。殺風景な屋上は、何も無くても退廃的な雰囲気を醸し出している。日光を遮るものが何も無いので、夏は熱中症になるくらい暑いし、冬はとことん寒いので、春と秋以外は誰もいないことが多い。今日も、冷たい風が我が物顔で街を舐め回すように吹いていたこともあって、誰もいない。
 制服の袖をきつく握って、3歩踏み出す。怖がってはいけない。これは、僕が選んだ結末なのだから。僕が選んだ終止符だ。
 これで、全てが終わる。全てのものから、解放されるのだ。
 そこで、初めて僕は屋上の全体を見回した。前しか見ていなかったことに気付く。そして、右に目を向けた時。
 人がいるのに気付いた。
 鼓動が速くなる。

 どくんどくんどくんどくん。

 彼女が、裸足だったからだ。靴はどこにも無い。制服は、この高校のもの。歪んだ空のもとに佇む彼女は、とても綺麗だった。僕を取り巻いていたのは、暗く灰色の世界だったけれど、彼女の世界はそれと対照的だと思った。
 長い長い黒髪だ。背中の辺りまである。
 鼓動が速くなる。
 彼女は、遠目でも分かる白い指をフェンスに絡ませて、少し前のめりになっていた。スカートの下は、靴下も靴も無く、白い雪のような肌が艶かしく剥き出しになっていた。
 僕は、そこで呆然と立っていた。
 そして、彼女が振り向く。長い黒髪が揺れた。僕に向かって、微笑む。

「あなたも、死にきたの?」

 僕は驚いて、軽く頷く。彼女の顔はとても安らかで、今から『死ぬ』とは思えない程だったからだ。彼女は、もう一度優しく微笑んでからまた元の向きに戻り、フェンスをさらにきつく握った。白くて長い足。爪先でとんとん、と屋上の床を叩く。風はさらに強くなる。
「こっちに来たら?」
 前を向いたままで、彼女がそう言った。最初は優しい声音に聞こえたが、よくよく聞いてみるとそれはどことなく冷たさを帯びていた。僕は、恐る恐る彼女に近寄って、隣に座る。彼女は僕が近くに来てもどうでもいいのか、前を向いたままだ。歪んだ空と、軋んだ街をずっと見つめている。
 彼女を見上げると、その瞳が動かず、あまりにも真っ直ぐで僕はすぐに目を逸らしてしまった。
 こんな人、学校にいたのだろうか。
「何年生なの?」
 不意に、彼女が問い掛けてきた。それがあまりにも唐突だったので、僕はびっくりしつつ慌てて答えた。
「…2年生」
「そっか。じゃぁ、あたしの方が先輩だ。あたしは3年」
 僕よりも身長は小さいので、後輩か同年代かと思っていた。けれど、顔立ちや仕草はやけに大人びているので、実際のところは分からなかった。僕よりも先輩だった。
「何しにきたの?」
「終止符を打ちに、です」
「なんで?」
「全部、つまらないから」
 淡々としたやりとりを繰り返す。彼女は、いつのときも冷静沈着でそれを崩す時は無いのだろうと思わせた。その間も、爪先はとんとんと忙しなく床を叩いていた。
 空の歪みはさらに激しくなっていて、今にも雨が振りそうだった。その雨が穢いものを全て洗い流してくれればいいのに、と思う。そうしたら世界は一枚皮が剥けて、新しいものに変わるのでは無いのだろうか。
 そうしている間にも、彼女の目は真っ直ぐ一点を見つめているだけで、僕と会話をしているだけでも動くことは無かった。彼女の雰囲気は、穢いものも綺麗なものも全て知っているのに、瞳だけはまだ何も知らなくて、そこだけ純真で純粋で無垢なような気がする。それだけ、彼女の瞳は綺麗だったのだ。
「…で、自殺しないの?」
 少しだけ口元を意地悪気に歪めて彼女は言った。
「先輩はしないんですか」
「どうしようかな」
「じゃぁ僕もしません」
「あたしで決めちゃっていいの?」
 初めて心から楽しそうに笑った。けれど、その心を映していたのは口元だけで、瞳だけは真っ直ぐ前を見つめていた。
「どっちでも良いことなんです。自殺なんて」
「そっか、そうだよね。じゃぁあたしもしない。別にどっちでもいいし」
「…………」
「あなた、名前なんて言うの?」
「松本」
「あたしは一条。ここで会えたのも縁かもね、宜しく。松本くん」
 彼女は僕の方を振り返って、微笑んだ。黒髪が揺れる。
「…こちらこそ。一条先輩」
 太陽のような笑顔を見せて、瞳を僕に向けて、彼女…一条先輩は長い髪と、スカートを翻してドアの方に歩いて行った。その長く白く、冷たい素足のまま。


「おーーーーまえーーーなーーーっっっっ!」
「……?」
「ず、ズルい奴だなしらばっくれる気KAYO!」
「………」
「お前が知らないと言っても俺は知ってるぜー!」
「………」
「松本ォォォォオオオオ!お前昨日、屋上でっ!」
「………」
「一条先輩といただろぉぉおおおーーー!」
「………」
「俺のっ!俺の心のアイドルをッッッ!どうしてくれる松本!お前死刑だ!」
「………」
 朝から耳元でガンガンと言われて、頭がガクガクする。僕は無言で川崎を見つめた。僕はなんでこいつと仲が良いんだろうと思いつつ、適当に聞き流す。
 自分の席に座ると、隣でぜいぜいと息をしている川崎が恨みがましい目で僕のことを見つめていたのだ。気味が悪くて沈黙してしまう。…一条先輩って誰だっけ、と思って昨日のあの素足の先輩なんだと思い出す。
「いた。それが?」
「ズルい!抜け駆けだ!」
「………」
 川崎のテンションは果てしなく高い。川崎と知り合ったのは、高校に入ってすぐで、2年に上がった今も何故か同じクラスになってしまって、このザマだ。川崎のことは嫌いでは無い。川崎はムードメーカーで誰にも好かれるようなそんなタイプだった。勉強は出来ないが、スポーツの成績は優秀。明るくて、優しい。僕は明らかにクラスの中での外れものだったし、いじめられるというよりは視界から除外されているという感じだった。
 自分でもそれを自覚していたし、それでも良いとずっと持っている。とにかく、川崎がなんで僕なんかに構ってくれるのか全く分からないというのが現状だった。
 そうこうしている間にも川崎は隣でううう…と唸りつつ、泣いていた。
「あのなぁっ!ど、どういう成り行きで!」
「…成り行きで…って。屋上に行ったら会っただけ」
「…う、運が良すぎる…!」
「あんな先輩うちの学校にいたっけ」
「転校だよ。超・微妙な時期だけど」
 はぁー、とため息をついて川崎は僕の前の席にどん、と腰掛けた。
「お前、一条先輩について知ってるか?」
「知らない」
 即答する。昨日、少しだけ話しただけで分かったことは何も無い。綺麗だということと、変わり者だということくらいだ。昨日のことを思い出そうとすると、まずは歪んだ空とあの瞳と素足が出てくる。あの人は、きっといつでも自然体だ。他の人の目を気にしない。そんな気がする。一条先輩については、全てが推測でしか出来ない。
「3-B組出席番号3番成績優秀スポーツ万能けれど他人に対する温度は氷点下別名女王」
「……」
 どうしてそんなに詳しい…という疑問を喉の奥に飲み込んで、今川崎に言われた情報を頭の中で整理する。
「しかも、いっつも早退。なんだか家の事情が複雑らしい」
「…へぇ」
 一条先輩は素直じゃなくて一癖も二癖もある人だと思う。それが最初の印象だ。複雑なのかも、とずっと思っていたが、やっぱりその勘は的中したようだった。あのクソ寒い屋上に裸足でいるということから、何かが違う。周りとは、きっとずれている。
「出席日数は留年しない最低数だし、でもテストはすごくよく出来るし。だから先生も何も言わない…言えない」
「複雑だね」
「関わらない方が良いんじゃないのー?」
 川崎は、急に真面目な顔になって僕に言う。ずい、と顔を近づけて囁く。
「ヤバそうなお兄さんと歩いてたって話もあるし、危ないと思うけどな、俺は。松本がそれでいいんならいいけど」
 僕は間髪入れず答える。こんなもの、答えは決まってる。
「僕はやりたいようにするよ」
「……………そうだな。それが松本らしいよ」
 最後に悪戯っぽく微笑んで、川崎は席を立ち、他のグループの方に歩いて行った。川崎のことは好きだ。僕のことを心配してくれているし、優しいし。けれど僕はそれに冷たく接することしか出来ない。そういうもの。
 僕の席は窓際で、天気のいい日には気持ちのいい日差しを受けて微睡むことが出来る。けれど、今日はまた曇りだ。分厚く灰色の雲が空を覆い尽くしている。隙間が無いようにびっしりと。また、空が歪む。
 太陽は雲の後ろ側で、必死に光ろうとしているけど、雲はそれを阻む。
 川崎を見ると、また別の人と楽しそうに笑っていた。僕はあんな風に笑えない。川崎には、一種の憧れみたいなものを抱いているのかもしれなかった。

 授業が終わって昼休みになると、僕の足は吸い寄せられるようにして屋上に向かっていた。昨日と同じように、その錆びた階段を一歩ずつ的確に踏み出して行く。屋上に行く度にあるこの高揚感。
 蝶番がもうおかしくなってしまっているドアを開けると、予想通り。そこには、一条先輩がいた。僕はゆっくりと歩いて先輩の近くに行く。一条先輩は気付いているか気付いていないのか、きっと気付いていると思うけれど僕には何も言わずに、僕のことを見もしないで、何かを言いもしなかった。その瞳は、やっぱりどこか一点を見つめていて、僕は黙ってそばにいた。
 何分か経って、やっと先輩が動く。フェンスに絡ませていた指をほどいて、ゆっくりと僕のそばに腰掛ける。今日は靴下も靴も履いていた。
 僕の視線に気付いたのか、一条先輩が微笑んだ。
「そういっつも裸足なわけないでしょ」
「…そうですよね」
 それじゃぁ色んな意味で危険だ。
「パンあります。食べますか」
 僕は、購買で買ってきたメロンパンを取り出した。もう1つの焼きそばパンは僕が食べる予定。
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
 先輩は、僕の手からメロンパンを受け取り、食べ始めた。一条先輩の口の動きが一段落したところで、僕は問い掛けた。川崎から聞いた話が本当かどうか確かめたかった。気にしてない、と自分の心に暗示をかけていたつもりだけど、でも本当はとても気になっている。
「早退してるんじゃないんですか」
「はい?」
「いっつも早退してるって聞きました。今日は早退しないんですか」
「するよ。あたし、このメロンパン食べたら帰る」
「なんで早退するんですか」
 一条先輩が沈黙する。何かを考えているようでもあった。
「やりたいことがあるから、かな」
 そうですか、と僕は呟いて、焼きそばパンを口に入れる。ふと、横の先輩を見た時、それが目に入ってきた。メロンパンを持っている先輩の手が。袖から覗く手首のところに、焼け焦げの後があることろを。
「…先輩、それ…」
 一条先輩は、最初「?」という顔をしていたが、僕の目が手首に注がれているのを見て、袖で無理矢理手首を隠した。小さな焼け焦げ。真っ先に出てきたのは、タバコの焼け跡だった。
 先輩の表情は、とても複雑なものだった。驚きと不安が混じっている。けれど、無理矢理笑おうとしているような。その後、自嘲気味に笑った。慣れっこだと言わんばかりに。きっと幾度か同じようなことがあったのだと思う。しばらく沈黙すると、先輩の顔からは驚きや不安という表情は僅かな痕跡を残して、消えていた。
「ん、なんでもないよ」
 そういうと先輩は空になったメロンパンの袋を自分のバッグに詰め込んで、立ち上がった。
「ありがとう。メロンパン。またね」
 笑っている。けれど、その笑みはとても寂しそうだった。
「…さようなら」
 僕も呟く。そのとき、もう先輩は屋上にいなかった。黒い髪が揺れたのを最後に見て、僕ははと気付く。
 他人のことが気になるなんてとても久しぶりのことなのだ。誰かに干渉する力なんてずっとずっと昔に無くしたと思い込んでいたのに。孤独であったはずなのに、きっと僕は独りでいることがとても怖かった。
 僕は、駆け足で先輩の後を追った。どうしてそうしたかったのかは、分からなかった。
「先輩!」
 ゆっくりと、振り返る。長い黒髪がまた揺れた。きょとんとした表情で僕の方を見つめる。
「…松本くん?」
「僕もついていきます。早退」
「へ?」
 さらにきょとん、とした表情で先輩が言う。目をぱちぱちとさせて。それから、ぷっと吹き出した。
「いいよ。おいでよ、まつもとくん」
「…なんで笑うんですか」
「だってあんなに元気な松本くんなんか、初めて見たよ」
 元気だったのだろうか。そんなことを思っていると、先輩が白い掌を僕に向けて差し出してきた。僕の方こそ、こんなに楽しそうな先輩を見たのは初めてだ。心底嬉しそうに、階段の下から先輩が、僕に向かって手を伸ばす。袖の中から焼け焦げが見える。それは、1つでは無く無数で、色々なところに分布しているのも分かった。
「ほら」
 先輩が掌をさらに僕に突きつける。僕は、その白い掌に自分の掌を重ねて、固く握りしめた。
「では、逃避行いきますか」
 学校も、勉強も全部捨てて僕は先輩についていった。歪んだ空は少しだけ輝いて見えた。雲間から太陽が見えた。少しでも光を下界に送ろうと、厚い雲を殺そうと、そうやって赤い手足を伸ばしている太陽が見えた。

 いつもと違う街だった。こんな時間帯に外を出歩いたりしない。補導されないのかな、などと思いつつ先輩の後ろについて歩く。街は忙しなく動いていた。いつも前に前に進もうとしている。その流れはとても速くて、だから東京は忙しい街なんだ、と思っていた。よれよれのスーツに、破れかけている鞄を持って時計を確認するサラリーマン。眠そうな目をして友達と歩いている高校生。そして、僕たちのように『逃避行』した高校生。
 僕は、大人が嫌いだ。すれ違ったサラリーマンを目で追ってそう思う。理不尽な言葉を投げかける。自分は出来もしない癖に。僕の父親は浮気をして去って行った。全てに疲れたと言って、2年前に。母親はノイローゼ気味。僕は父も母も嫌いだったし、けれどそんな両親に本当は愛してほしい、と思っていること…それが、とても腹立たしかった。
 母親と僕を置いてのこのこと暮らしている父親のことも嫌いだし、父がいなければ何も出来ない母親も大嫌いだ。そして、僕は僕自身のことも嫌いだった。
「ほら、あの女の子」
 そう言って一条先輩が指差したのは、ベンチに黙って腰掛ける長い髪の少女だった。カールした髪の毛が無造作に撥ねていた。その子は、一心に地面を這うありの行列を眺めていた。
「この前もいたの。ずっと、あそこにいる」
「先輩に似てますね」
 僕は素直な感想を口にした。先輩は分かっていなかったらしく、「え?…そうかなぁ…」と言って、何度か自分と少女を見比べてから「似てないと思うけどなぁ」と言った。先輩は、普通に笑って無邪気に振る舞えば、少女のようにも見える。雰囲気が大人びていると、もっと年齢も上に見える。
「あたし、お腹すいた」
「さっきお昼食べたばっかりです」
「成長期の子はたくさん食べなきゃいけないの」
「先輩成長期なんですか」
「そうよー。まだまだ身長伸びる」
「…そうですか」
 多分、これくらいの身長が丁度いいんですよ。…とは言わなかった。思ったことを全て口にするのは良く無い。
「あ、」
 何かに気付いたかのように先輩が声をあげた。
「向こうにね、美味しいクレープ屋さんがあるんだ」
 そう言うが否や、僕の手を握って、学校で僕を外に連れ出してくれた時と同じように、前へと引っ張りだす。少しだけ走ると、ピンク色の可愛らしい小さな店が見えてくる。色々なお菓子の絵が描いてある看板には『Crape shop』と書いてあった。
「おじさん、クレープ2つ。…ストロベリーと…バナナアイスのやつ」
「みっちゃんじゃないか。久しぶりだね。学校はまたサボっちゃったのかい?」
 人の良さそうな白髪の男が言った。僕は思わず聞き返す。
「みっちゃん…?」
「下の名前。…ありがと、おじさん」
 その間にも、クレープを2つ受け取って、一条先輩は歩き始めていた。僕は遅れないようについていく。みっちゃん、というのはどうやら下の名前のニックネームっぽかった。僕は下の名前を聞かれると、とても嫌になる。それと同じように、他の人に嫌な思いはさせたくない。だから、自分が嫌なことは他の人には聞かない。干渉しない。…そう、決めたはずだった。
 先輩は、ずかずかと歩いて行った。目の前には、噴水がある。真ん中から水が吹き出していて、その周りにベンチがある。先輩はベンチに腰掛けると、とんとんと隣の席を叩いた。僕に座れ、と言っているらしい。
 僕がそこに腰掛けると、微笑んでクレープを渡された。クリームの上にいちごのジャムがかかっているものだった。
「…くれるんですか」
「勿論。松本くんの為に買ったんだよ」
「じゃぁ、お金、」
「これはあたしのおごり。付き合ってくれてありがとう」
 無理矢理ついてきたのは僕の方なのに。そう思って、クレープを食べた。甘みが口の中で溶けて行く。じんわりととろけるような味が広がって行って、少しだけ僕の顔が綻んだ。横を見ると、じっと先輩が僕のことを見つめていた。
「…な、なんですか」
「松本くんは笑ってた方が絶対いい」
 ありがとうございます、と小さく言った。いつから本気で笑っていないのか、もう分からなくなってしまった。噴水がこの曇り空の下で気持ち良さそうな音をたてて吹いていた。僕は太陽が出てきた時の水がとても好きだった。きらきらと光って、ゆらゆらと揺れる水面に反射する太陽の光がとても好きだった。同じように、水中も好きだった。上から降り注ぐ光を見るのが。水の中に音は無い。うるさい喧噪に悩まされることも無い。煩わしい耳鳴りも、そこだと消えてしまうような気がする。噴水を見てそう思っていた。
「…さっきのさ」
 先輩がクレープを食べながら言った。
「火傷。あれ、あたしのお父さん」
 …話が唐突過ぎて、よく意味が分からなかった。先輩にえ?と聞き返した。
「さっきの、あの手首の火傷。あれは、あたしの、お父さんが、つけたものです」
 読点を入れて、ゆっくりと喋り始めた。瞳は、いつものように僕の方を向いていなくて、まっすぐ前を見ていた。特定の人を見ているのでは無く、その人の流れを見ているようだった。少なくとも、僕にはそう見えた。
「あたしのお母さん、ずっと前に死んじゃったんだ。病気で。…父さんは、母さんのこと好きだったんだと思ってたんだけどなぁ」
 思い出すかのように、目を閉じる。
「父さん、大してカッコ良くも無いのに、たくさんの愛人がいるんだから」
 けれど先輩のお父さんなのだから、きっとそれなりにカッコいいのだと思った。…とても複雑な事情のようだった。
「あたし、父さん大嫌い」
「僕も、父と母は大嫌いです」
 先輩がこっちを向いて、弱々しく微笑んだ。いつの間にか、クレープは無くなっていた。クレープを包んでいた紙をくしゃくしゃと握りつぶして、近くにあったゴミ箱に向けて投げる。
「でも、本当は大好きだからやってらんない」
 静かに、先輩が呟いた。
 突如、僕と先輩の目の前に人が現れる。
「………」
 僕は黙ってその人を見上げた。糊がきいているスーツを着て、僕たちの前に立ちはだかるようにして、いた。年齢は二十代後半くらいだと思った。若々しい顔つきをしているのに、その顔には疲労の色があるように見えた。先輩は一回だけ俯いてから「佐野さん」と言った。
「ミキ、ここにいたのか。遅かったな」
「…ごめんなさい」
 一条先輩は『佐野さん』にそう言ってから僕の方を向いて謝る。
「ごめん、あたし待ち合わせしてたの。付いてきてもらったのに、ごめんね。また今度…遊ぼ」
「ミキ、行こう」
 その男の人は僕に目もくれないで、先輩の手をひいて歩いて行った。先輩が、僕の手をひくのと同じように。
 そうか、やることって
 このことだったのか。
 僕は、しばらくそのベンチにいたけれど、厚くなって行く雲の下にいるのが嫌で、家へ帰ることにした。家には、母しかいない。小さなアパートは、僕たち2人には広過ぎた。何も無い空虚な空間に戻らなければいけない。
 この世界の全てが現実と似通った、けれど違う。そんな虚構の世界であれば良かったのに。ここは疑似世界で1つの扉を超えてしまえば、そこには幸せに満ちあふれた世界があるような気がして、……。ずっとそんな気がしていた。

 次の日、屋上には誰もいなかった。いつもの通り、分厚い雲の下で僕は1人で昼食をとった。購買のパン2つは僕には多過ぎて、1つは家で食べることにした。川崎は、相変わらず僕のことを心配してくれていたが、僕は「大丈夫」と言って1人で屋上に来た。川崎に聞くと、先輩は屋上に来ていないだけでは無く、学校も休んでいるようだった。
 僕が幸せだと思ったことは、いつも一瞬のうちに幻のように消えてしまう。全てが、夢幻。忘れてはいけない。僕がここで何かを求めることは間違っているのだ。楽園は何処にも無い。人は、苦しみから逃れることは出来ない。
 先輩が『佐野さん』と何らかの関係を持っているのは瞭然だったし、否定する言葉も無い。
 立ち上がって、屋上のフェンスに掌を乗せて、下を見つめる。忙しなく動いている空気。ここからあそこに飛び降りて行きたい、とは思えなかった。
 昼食も終わり、階段から下に降りようとすると、そこには川崎がいた。
「…川崎」
「お前、あそこで何やってるんだ?」
「何も。昼ご飯」
「俺は、お前のこと心配してるんだけどな!」
 少しおちゃらけた風に、川崎が言った。
「お前は、誰とも付き合おうとしないし、誰を好きになろうともしないし、なんつーか、色んなもの遠ざけてんじゃん。だから、そういうのって損だと思う」
「…損だ。知ってる」
「本当は松本っていい奴だと思うんだけどなぁ」
 川崎が苦笑している。けれど、僕はいい奴じゃない。
「ありがとう」
 そう言って、ここまで来てくれる川崎に礼を述べる。
「僕は何も出来ないのに、ありがとう」
「…お、おう…お前が、お、お礼言うなんて珍しいな!…おうよ!こっちこそありがとうだ!」
 少し驚いたようだったが、最後はにかっと笑って川崎はとんとんと軽くジャンプして階段を駆け下りて行った。彼には感謝している。僕には、何も恩返しなど出来ないけれど。
 僕は、階段を降りて、そのまま昇降口に向かった。元々そのつもりで持ってきていた通学バック。先生に見つからないように、急いで走り出す。
 少しだけ歩いて、賑やかでうるさくて、忙しないあの商店街に出る。先輩と歩いた、あの商店街だ。ここに来れば、会えるんじゃないかと思った。クレープ屋のところも歩いてみる。おじさん…は、僕のことを覚えていたようで軽く微笑んだ。高校生がこんな時間にサボりをしていても、怒ろうとは思わないらしい。
 それから、噴水のところに行く。ふと、空を眺めると厚い雲は少しずつ消えてきていて、太陽が雲間から顔を覗かせていた。僕の所にも、木漏れ日が射し込む。必死に雲を殺して、必死に赤い手足を伸ばした太陽が、僕に光を与えようとやっきになっている。この後は、ずっと雲が薄くなって行って、晴れる。そうなれば少しは僕の心も温かくなるかな、と。そう思った。
 噴水のところには、先輩がいた。
 けれど、1人だった。
「……」
 僕は、人混みの中、呆然とベンチに座る先輩を見ていた。『佐野さん』と一緒では無かったらしい。
 けれどよくよく見てみると、先輩は一点を見つめていた。けれど、いつもは全く動こうとしない瞳が緩やかに横に向かって移動しているのが分かった。先輩の目の先を追う。
 そこには、昨日の『佐野さん』と知らない女の人が2人で歩いていた。黒い服を着ている、女の人。2人で手を組んで。歩いていた。
 先輩は、俯いてその小さな両手で顔を覆った。髪が先輩の顔にかかって、僕が立っているところからは表情が分からなくなった。僕は、そこから動かなかった。

 干渉しちゃいけないと、自分に言い聞かせたはずだったのに。

 苦しむのは嫌だ。誰かが苦しんでいる姿を見るのも嫌だ。何もしたくない。
 そうやって、今までちゃんと生きてきたはずなのに。
 誰かを好きになった分だけ、自分が苦しむと分かっていたはずなのに。

 先輩が、立ち上がる。真っ直ぐ、歩いてくる。僕の方向だった。そして、先輩が顔を上げた。僕に気付く。最初、驚いたような表情をしてから、またあの弱々しい微笑みを浮かべる。その顔は、ぐしゃぐしゃだった。いつもの凛とした雰囲気も、聡明そうな顔も、全部が涙で汚れていた。
「…ごめん」
 先輩が謝る。僕は何も言わなかった。
「あたし、何も出来なくてごめん。松本くんにたくさん付き合わせちゃって悪かったね。ごめん」
 その声は震えていた。
「…今日は、待ち合わせなかったの。だけどね、会いたくてきちゃった。そしたら、あのザマだもん。…あたし、カッコわっるーいなぁ」
「……」
「どうしよっか。あたし、…どうしよっかなぁ」
「…先輩」
「あたし、どうしたらいいかなぁ」
 まだずっと微笑みかけていた。僕に向かって。行き場の無い悲しみを、自分の中で全部押し殺そうと。
 もう一度だけ微笑んで、そして僕をすり抜けて走って行った。
 僕はどうしたらいいか分かんなくて、ずっとそこにいた。
『誰かを本気で好きでも、しょうがないことはあるものねぇ』
 ノイローゼになる前の、諦めた声を思い出した。悲しそうな表情で、僕に向かって頭を撫でながらそう言った。
『父さんが、私のことずっと好きでいてくれる保証なんて無いもんねぇ』
 気付いた。僕と先輩は、とても似ている。けれど、きっと先輩の方が抱えている苦しみは大きい。僕と違って、諦めていない分だけ。それでももがこうとしている姿が、とても痛々しい。
『ユウ、ごめんね。母さん弱いから』
 僕は、優しくなんかなれなかった。
 諦めたら終わりだ。気を抜いたら、きっと死ぬ。
 だから、
「先輩」
 僕は学校の屋上に向かって走り出した。

 扉を開けると、空の下で、先輩がいた。素足にいつもの靴、ローファーを履いていて、出会った頃と同じように、フェンスに手を絡ませて、黒い髪を揺らして、そこにいた。とても綺麗で、僕はまた圧倒される。夜空の下でもそこだけ輝いているかのように。そこだけ空気が違って、だから僕は驚いた。この人と関わりを持ちたいと思った。この人に干渉したいと思った。彼女は、とても綺麗だった。
 明確に覚えている記憶。
 僕は、息を整えようとして、深呼吸をした。しばらくすると、呼吸が落ち着いてきて、動機が鎮まってきた。
 先輩の声が聞こえる。
「本当は、あたし死のうと思ってた」
「知ってました」
「自分が穢いの知ってたし」
「それも知ってました」
 一条先輩は、無感情に淡々と言う。
「あたしが悪いのも分かってた。父さんの愛人殴ったこともあったし、父さんを殺してやりたいって思ったこともあったし、多分佐野さんのこと父さんの代わりにしたかったのも分かってた」
 初めて会った日と同じように、
「佐野さんに対する気持ちも分かんなかったし、好きなのかも嫌いなのかもそういうのも分かんなかったし、だからあたしは駄目なんだと思った」
 フェンスに指を絡ませて、
「母さんのこと好きなはずだった父さんのこと嫌いになって、自分も嫌いで、だからここに来た」
 長い黒髪を揺らして、
「もうどこにも行きたく無くて、だから靴を捨てた。靴が無ければあたしは歩けない。ここにいれば、全部が洗われるような気がした」
 スカートを翻して、
「そんなのは偽善だって分かってるのに、なんだかあたしの罪とか全部消えるような気がした。どこにいっても同じだって分かってるのに」
 彼女は笑う。
 その靴を脱ぐ。素足が見える。いつもの通り、綺麗な白い足。けれど出会った頃とは違って、足には焼けこげの後がついていた。小さな焼け焦げだ。そして、その頬には痛々しい程の青あざがあった。さっきは涙で気付かなかった。それしか見ていなかったから。今見ると、これも白い肌にくっきりと浮き立っていた。
 その靴を持って、がっしりと二足とも握って、それを遠くに

 投げた。

 大きな弧を描いてふうぅうんっ、と靴が遠くに飛ぶ。靴はどんどん下に落ちて行って、見えなくなる。
「皆死んじゃえーーーーーーーーーーーーーー!」
 力一杯叫ぶ。そんな先輩の姿を見るのは初めてで、僕はまた唖然とする。
「父さんも佐野さんも母さんもあたしも…松本くんも、みんなみんな死ね!」
 いっそ潔くて気持ちいいくらいに、僕の胸に死刑宣言が突き刺さる。僕は、その言葉を聞いて、一気にフェンスまで走る。勢いをつけて、フェンスを駆け上って、その細い棒の上に腰掛ける。
「僕死のうかな、一条先輩」
 一条先輩は気持ち良さそうに微笑んだ。
「それもいいんじゃない?」
「ですよね」
「でも出来ないからね松本くん」
「分かってます」
「皆、死ぬのが怖いんだよ」
「知ってます」
「だから一回、死んでみれば?松本くん」
 何度も僕の名前を呼んで、先輩はフェンスに指を絡ませて笑う。僕も微笑んだ。
「言ってることめちゃくちゃですよ」
「そうだよ。それがあたしだもん。ってことで、死んでみれば?」
「無理です。僕は死ねません。だってここには先輩もいるし、川崎もいるし」
 笑う。どれだけ久しぶりだろう。心の底から楽しいと思って、嬉しいと思って、微笑むこと。いつから周りの世界がつまらないなんて、混濁しているなんて、そんなことを思っていたんだろう。本当はずっときらきらしていたのに、僕はそれに気付いていなかっただけだ。僕はひどく愚かだから、だから駄目なんだ。だから僕はいつまで経っても愚かだし、駄目だと思う。
 支離滅裂でもいい。何を言ってるのか分からなくてもいい。僕がここにいれればいい。
 誰かを好きになれれば。自分を好きになれれば、それでいい。
「先輩、大好きです」
「うん、ありがとう」
 一条先輩はそう言って微笑んだ。僕と同じようにフェンスに腰掛ける。少しでも押せば落ちてしまう不安定な状況。ここが僕現在地。危険だけど、それが良くてだから僕はここにいる。裸足の夜は、とても冷たくて、凍えそうだった。だから、お互いに暖め合わなくてはならない。
 歪んだ空が見える。軋んだ街が見える。
 いつからか、それが綺麗だと思える日が来ますように。

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December 20, 2005

クリスマスリレー小説(4)

「12月24日 朝 高原皐月の喜び」

「んん…ふ、ふごふご?」クリスマスを前日に控えた夜、あたしの家に電話が掛かって来た。まだパパもママも帰って来ていない。園山先生もついさっき帰ってしまった。本当はもっといて欲しかったけど、園山先生も忙しいと思うので言わない。この時期は皆忙しい。教師も走る師走だから、きっと園山先生も忙しいんだと思う。冷めてしまったシチューを口にかきこんでいると、不意に電話が鳴り始めたのだ。
「もしもし。皐月ちゃん?」受話器の向こうから聞き慣れた声がする。ダイ君のお父さんだ。ダイ君というのはあたしの家の近くに住んでいる、小学四年生の男の子。園山先生にも教えてもらっている男の子。ダイ君は暴れん坊…とあたしは思ってる…だから、あたしが面倒を見てあげなきゃいけない。あんなに怪我をして、やっぱり心配だ。いつ頭を打ったりするか分からない。…そのお父さんから電話が掛かって来た。
「もしもし?皐月です。こんばんは」シチューが喉に詰まりそうになる。そのまま流し込んで、あたしは答えた。「どうしたんですか?」
「あのさ、クリスマスイブ…って、明日だけど…暇かな?」ダイ君のお父さんの声がする。あたしは何となくその用件が理解出来た。
「暇です」平静を装って答える。
「大輔がな、明日のクリスマスイブ一人なんだ。僕には用事が出来てしまって。皐月ちゃん、もし暇だったら大輔と一緒にいてくれないか?」
 優しい、あたしの大好きな語りかける口調でダイ君のお父さんは言った。
「も、勿論です!」あたしは少し焦って即答する。
 明日のクリスマスイブを一人で過ごさなくていいのは、とても嬉しい。一人はやっぱり淋しい。ダイ君と一緒ならきっと淋しくないと思う。思う存分に殴ってやろう。そして、喧嘩をしよう。きっと淋しさが紛れる。
 最後にありがとう、と言ってダイ君のお父さんは電話を切った。すごく嬉しい。立ち上がり、残したシチューを流し台に捨てる。ママもパパも今日は遅いと思う。いつも遅い。
 そういえば、ダイ君には妹が産まれるらしい。私も兄妹が欲しいけれど、ママとパパは忙しいから無理だと思う。だから欲しいなんて言わない。
 そうだ、と不意に思った。クリスマスイブ、園山先生も呼んだらどうだろう?名案だ。ダイ君もあたしも園山先生のことが大好きだし、きっと。でも、園山先生の予定も聞かなきゃいけない。さっき思った時に聞けばいいと後悔する。園山先生の事情なんて、聞かなきゃ分かんない。あたしは、嬉しくて震える手で受話器のボタンを押して行く。
 何度目かのコール音で、また聞き慣れた声。
「……もしもし?大木です」
 少し不機嫌そうな、ダイ君の声。何が不機嫌なのだろう。あたしは弾んだ声で言う。
「もしもし、ダイ君?」受話器の向こうから溜め息が聞こえたのは気のせいなのだろうか。その後に、もしもし…という声がまたした。
「ねぇ、明日のクリスマスイブ、園山先生も呼んで…何だろう、クリスマスパーティ?でもなんでもいいや、とにかく園山先生呼ばない?」本当にこの案は名案だ。ダイ君もきっといい案だと言ってくれると思う。案の定、返って来た声はさっきとはうってかわった明るい声だった。
「いいと思う!そうしよう!」じゃぁそういうことで、と言って受話器を切った。後は園山先生の都合を聞けばいいだけだ。
 自分で言うのもどうかと思うけれど、あたしにはたくさんの友達がいる。男子とは喧嘩をする仲だし、女子の中でも嫌われてはいないと思う。時々空回りしたり、 おっちょこちょいなのかな、とは思うけれど。ダイ君には、友達がいない。ダイ君は自分の感情を上手く表現出来てないだけで、本当はすごく優しい子だと思う。もっとダイ君の良さを理解してあげられる人が増えていいと思うし、それが当然だと思う。
 あたしは窓辺に寄って溜め息をついた。窓辺に行くと少し寒気がする。淋しいなぁ、と呟くと余計淋しくなって来たから、あたしは窓から離れてそのままベッドに潜り込んだ。


 ぶる、と寒くて震えた。布団の中で身震いをして目を覚ます。窓から降り注ぐ日光が眩しかった。震えながら靴下を探す。朝と夜は寒いから、あたしはずっと履いている。今日は土曜日、学校も休み。
 時計を見上げると、時刻は朝の八時半。まだ眠い目を擦りながらベッドから這い出した。途端に寒くなって、またベッドに逆戻りする。
「うう、寒いなぁ…」誰に言うのでもなく、一人で呟く。あたしの部屋は個室だから、一人で寝ている。またベッドから這いずり出て、隣の寝室に向かう。静かな寝息の音がして、パパとママがぐっすり眠ってるのが分かった。きっと帰って来るのがまた遅かったのだと思う、あたしは起こさないで服に着替えた。最近あんまり喋っていない、喋りたいのに喋る暇も無い。
 クリスマスなんて来なければいいと思ってる。でも、今年は園山先生とダイ君も一緒なのだ。きっと楽しいクリスマスになる。どこか遊園地に出掛けるのでもいい、…公園を散歩するのもいいかもしれない。氷が張ってるかもしれない。
 電話しようと思って、受話器を取る。
 園山先生はケーキ屋さんでアルバイトをしていると聞いた。商店街のどこかのケーキ屋さんのアルバイト。詳しくは知らないけれど、きっとレジか何かをやっているのだと思う。そしたら忙しいのかもしれない。この時期だ。もしかしたらクリスマスケーキを買おうとしているお客さんがたくさんいて、それで忙しいかもしれない。あたしはどうしようもなく不安になる。昨日あんなに楽しみにしていたのに、もし園山先生が来なければ淋しい。あたしは園山先生が大好きだから。
 少し間を置いて、手に持った状態の受話器の電話番号を押す。もう暗記していて、しょっちゅう掛けた電話番号。
「ふぁぁああ…も、もひもひ?」間抜けな声がする。寝起きだと一発で分かるぼんやりとした声だ。あたしは相手には分かる筈も無いけれど、む。と顔を顰める。
「ダイ君、いつまで寝てんの?もう朝でーっすよー?」
 自分が今起きたばっかりだということは棚に上げて言う。何か悩んだ時はダイ君の意見できっとどうにかなる。
「さ、皐月?…おはよ」目の冷めた様な、冷めていない様な、どっちにしても不機嫌ととれる声のダイ君。
「今日ね、園山先生…ケーキ屋さんのバイトしてる、って言ってたから…忙しいのかもしれない、って思って。ねぇ、どう思う?」
 ダイ君は適当に相槌をうってる。それからうーん、と電話の向こうで唸る声がして暫くの沈黙の後、声が返って来た。
「じゃぁさぁ、ケーキ屋に俺たちが行くっていうのは?」
「あ、良いね!それが良いかも」名案だと思う。園山先生は忙しいかもしれないのだから、わざわざ邪魔しに行くことも無いかもしれないけれど。でも、わざわざ呼ぶのよりは良いと思う。忙しいかどうかなんて分からないけれど、きっと忙しい。…忙しくなくて暇だった時の対処法はまた後で考えることにする。万が一ケーキ屋さんにいなかった時の対処法もまた後で。…そっちの可能性の方が大きいわけだけど。
 それから時間などを話し合って、電話を切った。九時半にダイ君の家の前。近所だからそんなに遠い距離でも無い。朝ご飯を食べて、歯を磨いて。
 あたしの心は昨日よりもずっと弾んでいた。昨日の喜びとかよりも、ずっとずっと。洗面台の前に行って、髪を整える。思わず嬉しくなって鏡の前で、にぃ、と笑顔を作った。


*****
この小説はクリスマス企画のリレー小説です。
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ミナソコノ住人

ささやかに言葉連ねた物語

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December 09, 2005

クリスマスリレー小説(2)

「12月23日 夕方 高原皐月の悩み事」


 「あいたたたた…」と唸り、赤チンだらけになった肘や膝を見つめる。何とも痛々しい傷だらけの足だ。呆れている保険医の先生があたしを無理矢理保健室から追い出す。いつもそうだ。
 小学校の校舎の外はきっともう寒い。日暮れの時刻も早くて、遅くまで対決に熱中していたから、もうきっと真っ暗だ。冷える廊下を破れた上履きで歩く。ぺこぺこ、と情けない音がしてそろそろ換え時かなぁと一人呟く。途中、喧嘩相手の男子数人と顔を合わせてしまったけれど、あたしは無視して通り過ぎる。

 町は一気にクリスマスになっていた。少し前にはまだ殺風景だった家の窓には綺麗なツリーと瞬く光があった。あたしは軽くそれを一瞥して少し早足になる。クリスマスなんていい事が無いと思う。大好きなパパも、ママも家にいない。あたしはどうせクリスマスでも家で一人だ。冬休みなんて来なければいいと、思う。
 空を見上げる。ずっと前に輝いた星の光が今あたしの目に届くのだと思うととても不思議な気持ちがする。少しだけ空を見上げて立ち止まっていると他の人達がとても早足なことに気付く。この時期は皆きっと忙しい。
 クリスマスなんて、来なければいい。
 いつもより早足で家に着く。重い傷だらけのランドセルを降ろして、留め金を外す。中のポケットから手探りで少し黒ずんだ鍵を取り出す。吐き出す白い息を手に吹きかけてから、ガチャと音を立ててドアが開く。
「…高原さん?」
 振り向くと、山ほどのプリントを抱きかかえている大荷物の園山先生がいた。園山先生はあたしの家庭教師で、とってもいい先生だ。ずっと忘れていたけど、今日は先生が来る日だった。
「先生、あたしも今帰って来たんだ。中、入っていいよ」少し焦って言う。今日来ることをすっかり忘れてた。あちゃー、と思う。プリントには「脳力アップペーパー算数・六年」という大きな題字が見える。
 家の中は汚かった。雑誌などが無造作に散らばっている。あたしは適当に一カ所に集めて、先生の座る場所を作った。あたしが暴れてビリビリにしてソファーが見えてしまう。
「ありがとう。…傷だらけね。どうしたの?」先生が心配そうな口調で言う。
「いつも通り喧嘩だよ。赤チンだから余計痛々しく見えるよね!」
 先生のために紅茶を入れる。先生が来てくれれば、クリスマスだって淋しくないかもしれない。一人っきりのクリスマス。町に灯る明かりだってあたしの目にはきっと綺麗に映らない。
 ばさばさ、という音がして先生がプリントを広げているのが分かった。一瞬、聞こうと思って、やっぱりそれは先生の迷惑になるかもしれない…と思う。先生だって家族と…もしかしたら、恋人だっているかもしれない。そんな所にあたしが行くのはきっと迷惑だ。今年のクリスマスもきっとまた、一人だと思う。一人はやっぱり淋しい。

クリスマスリレー小説(1)
クリスマスリレー小説(3)

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June 01, 2005

小説載ります!!電子文芸雑誌に。

えーと、わたしの小説が載ります!!

変な出だしですがエイプリルフールではありません(←いつの話?)。
きっかけは電子書店などで本の発売をしている会社「マリクロ」様からのメール。
「マリクロ」様は紙の本では、『愛犬介護ハンドブック』、電子書籍では『マリクロBiz☆ブック』などを発売されている会社です(興味がある方は検索してみて下さいねっ)

その「マリクロ」様が6月に発売開始の<プティまり>という雑誌にわたしの小説を載せてくれるというのです!!
わかりやすくメールでわたしの小説が載る雑誌、『プティまり』について説明をして下さいました。

『プティまり』は日本初の電子女流文芸雑誌。 ケータイやPCでものを読むという新しい時代を意識してつくったプティマガジンです。

超わかりやすい源氏物語・抄訳の連載、
それと同時進行で、源氏物語をベースに、今を舞台にした読み切り短編小説もスタートします。 
本格長編小説、暮らしの1コマ1コマを深く味わえる美味なエッセイ、
芸能もののユカイなコラム、これから期待のキラキラ星な書き手も紹介します♪

その雑誌でわたしの小説を載せて下さるというのです♪
しかも<キラキラ星>のコーナーでどうやら紹介して下さる様なのです。もう感激です。
このブログに掲載されていた小説なのですが、一応「お楽しみ」という事で〜。
わたしにとっては初・デビューです。

ちなみにペンネームはるるがではなく「千羽 識」という名前で出ております。
振り仮名は普通に「センバ シキ」となります。
良ければ買って、見てみて下さいねっ。

6/9に電子書店パピレスや、電子書店パピレスDX (こっちはGoogleにリンクしています。携帯用なので携帯にURLを送ってみて下さいねー)から発売されます。
その後電子書籍店 ビットウェイブックスからも発売されます。


これからもたくさん小説を書いて行きたいです(^^
発売が楽しみだ〜


【6/5 追記】
その後、マリクロの方に「プティまり」の表紙を送って頂きました(^^
わーい(^^ノ

源氏物語がメイン、という事でピンクに可愛らしくかつ和風の雰囲気を取り入れてシンプルですが整った感じの表紙です!!こーんな感じ↓

PM1-HYOUSHI

ありがとうございました!!もう少しで発売ですねっ。

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May 30, 2005

螺旋上の少女は永久に -1-

誰かが言った。

【永遠】とは【孤独】だと言う事。

誰かが言った。

【零】というのは【何も無い】という事。

___________その何年か、もしくは何十年か後に俺はその2つを手にする。


目の前に広がる裸体は美しく艶やかで、そして白く。
閉じられた瞼から感じられない生気と、ゆっくり開いて覗く蒼イ、瞳。


_____________________螺旋上の少女は永久に


異形ってそもそも何か。

【異なっている形】。
それは顔?身体?全て?異なっていれば良いのだから例えば化け物とか。
化け物はやはり古臭い。例えば余りに美しすぎる人、とか。そういう人は異形に入るのか?
俺の経験からすると異形には異様な人生がある。
異形が呼ぶ異様な人生。
とか錦 衣玖は思う。
「…………………どーでもいーか………」
静かに見上げるどうでも良さげな景色。
俺はどんな事でも良い、【異なる】が欲しかった。【異形】の人物が転校して来るのでも良い。俺はまだ学校に行っていないけど。
とにかくいつもと違う事がしたかった。

世の中の中学生や高校生のミナサンが思っている様な事。
全員が思っているかは知らねーけど。

「お帰り、イク…お兄ちゃん」
家に変えると妹の鈴音が居た。
俺が高校1年生で鈴音が中学1年生。
彼女は可愛い、というか美人で時々俺と血がつながってねぇんじゃねぇの?と思う。
美しい、というか聡明。美女。人によっては大学生に見間違える人も居る。そんなに背は高くないのだけど。
家からはまだ不慣れな新居の匂いがする。と言っても新築では無い。空き家だった所だ。
部屋に無数に積み上げられたダンボール。
俺もまだこの家の構造をよく理解していない。何故か複雑な造りをしているのだ。
鈴音はダンボールの中身の整理をしていた。
「………イク、お母さんがね、今日出掛けるから夕飯買っといて、だって」
「……了解」
自分の部屋に戻る。汚らしい部屋。また無数に積まれたダンボール。きっと俺の前に住んでいるヒトが居て、そいつも部屋を汚して、俺も部屋を汚す。そうやって、どんどん汚く、汚らしくなって行く。
財布を探し当てる。なかなか見付からなかった腹いせにダンボールを蹴ってやる。
コンビニに出掛ける為下に降りたら、鈴音がテレビを見ていた。整理は一旦中止していたらしい。
見ていたけど、放心状態で何処か宙を見つめていた。
それは、きっと俺にも分からない、【何か】。


「早く上れ」
彼は少女を急かす。少女は躊躇い、少し止まりながら。それでも螺旋階段を上る。
彼はチッと舌打ちをし、少女を上へ押しやった。少女はビク、として少し早足になる。
後ろを振り向かず、少女は悲しそうな声で言った。
その声からは悲しみや憂い、怒り、全ての感情が読み取れた。
「……………………私、もう戻れないの?」
彼は抑揚の無い声で答える。プラスチックの様な、無感情で、冷たく。
「戻れない。二度と。彼処には。彼処には、居場所がある」
少女は無言で螺旋階段を上る。
無言で。
そして小さく呟いた。

「………………ごめんね、ごめんなさい。私、もう戻れない」
ごめんね、と繰り返す。
少女の蒼イ瞳が哀しみを其処に存在させていた。

コンビニから弁当を買って帰る。
歩いていると、【錦】の表札が見えて来る。
鈴音は何処に居るのか、居なかった。
自分の部屋か散歩にでも行ったのか?と思った。
俺はしばらく時間を潰す事にした。

此処で問題を出す。
【異なる】とはどういう事なのか?

違う、と言ったら皆違うし、それぞれが【異なっている】。
よって【異形】は全ての人間が【異形】だと言う事だ。
俺は少なくとも人類に生きている全てが【異形】だと思っている。

結論、【異なる】という事は【人類全てに言える事】。

俺は暇だから家を探索する事にする。
まず、俺の部屋を出ると目の前には【壁】。……どうでも良い。
そして、俺の部屋の隣に鈴音の部屋。その隣に両親の寝室。鈴音の部屋の前にトイレ。
これが2階。続いて下に降りる。まずは階段を降りると玄関が見える。曲がると、トイレに風呂。
しばらく行ってみると和室。其処を行くとリビング。

………………………………………リビング……………………………………?

違う、此処の扉じゃない。取手の無い扉。
ほら、彼処に取手のあるリビングの扉があるじゃないか。
違う。この扉はリビングの扉じゃない。
違う。違う。
何が違う?
この扉はリビングの扉じゃ無い。
落ち着け。
じゃぁこの扉は何?

リビングはもう1つ向こうの扉だ。テレビの音も聞こえる。
彼処に行けば鈴音が居る。
だから、彼処がリビングだ。


………………じゃぁ、この扉は何のドアだ?

見た事も無かった。眼中に無かっただけかもしれない。
本当は最初からあったのかもしれない。
ただ、こんな家内捜索中という間抜けなシチュエーションで見た事の無い扉を見つける。

……………俺は、異様な人間になるかもしれない。なれるかも。なりたい。

静かに、俺はその扉を開けた。

中は薄暗かった。電気があるので、つける。それから扉をゆっくり閉めた。
下に続いているのは、螺旋階段。かなり小さく、幅も狭かった。下まで見えない。
垂直で、何処かで見たDNAの細胞だったかなんだかに似ていた。
俺は静かに降りた。とん、とんと木の音がする。時々ギシ、と軋む音までしてくる。
かなり腐っている様だった。
そのまま下に行く。
どれくらい降りたのか分からなかった。
下まで電気が届いてこないようで、少し薄暗かった。そして、やっと最下部と思われる所に足を付いた。
此処は地下室という事になる。
靴下の冷たい足にひんやりとした感触が伝わった。どうやら地面はコンクリートで出来ているようだった。

俺は、静かに回りを見渡した。


人?

其処に居たのは、確かに人だった。


薄暗い明かりの中でも分かる。
髪が長い。目を閉じている。


少女だと分かるその姿は、一糸纏わぬ裸体だった。
縊れた腰も見える。細い足と白い腕。綺麗な黒髪が長く垂れている。

「…………………………死んでる?」

俺は少しずつ近付いた。
側に座る。そして、少女の腕に少し、触れた。

ゆっくりと、少女の瞼が開けられて行く。

蒼イ、蒼イ瞳が覗く。
地球をそのまま映した様な、蒼イ瞳。

少女の蒼イ、大きな瞳から雫が溢れ出す。
「な………っ?」
そのまま無表情で瞳から大きな雫が溢れ出す。

「…………ごめんなさい、私が悪かったの。お願い、私を置いて行かないで………」
少女は静かに、ごめんなさいを呟いた。

「烏。わたしのね、友達が産まれたよ」

少年か少女か分からない様な声をした人が呟く。腕には真っ黒なカラスが留まっていた。

「………やったよ、何年ぶりだろうなぁ。わたしの友達。ずっと独りだったからなぁ」
本気で嬉しそうに、人は笑った。

「楽しいかな」


また嬉しそうに、人は嗤った。


次。

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April 04, 2005

HITOGATA 23話

しゅぅぅぅぅぅぅと音をたてて、煙が舞い上がった。
其処に居たのは、左胸にぽっかり穴を一つだけ開けたにこにこ笑っている蜃気楼だった。飛鳥は身震いする。その穴はみるみるうちに塞がって行く。
「私は、不滅だ。何故なら鳳の助けを借りているからだ」
いきなり、風が凄い勢いで飛鳥とディアン向かって襲いかかって来た。飛鳥は服の袖で目を覆う。
「よくやったわね、蜃気楼」
其処に居たのは、綺麗な少女だった。
「飛鳥、久しぶり」
「な、な……………………………」
飛鳥は声も無く絶句していた。其処に居たのは姿形は違うとも、必ず分かる………『母』だったのだ。母は、鳳、だったのだ。
「蜃気楼」
そう言って蜃気楼の唇に鳳は唇を付けた。蜃気楼がばたんと倒れる。
「さて、ショータイムの始まり、よ。此処にもうすぐ楽君達も、付くでしょう。そしたら、始めましょ、そして」
鳳は悪魔の笑みを表面にだけ浮かべた。
「飛鳥、その時には貴方はわたしの物よ」

『これでよし、っと……』
若い女性が書類をぽんぽんと纏めた。後ろで一つに束ねた長い亜麻色の髪が揺れた。女性の目の下には隈が出来ていた。
『お母さんっ』
幼い少女の声がする。それを聞きつけた女性の顔が急に優しくなる。少女は女性の腕に抱きついた。白衣を着ている女性は優しそうに頬笑む。
『あすか。研究所に来ちゃ駄目だって、言ってるでしょ』
『だって、だってお母さんに会いたかったんだ…』
少女が項垂れる。母親らしき女性はちっとも怒ってなんか居ないのだ。女性が少女の顔を優しく撫でる。
『わたしはね、今人間を作ってるの。人造人間』
その為には、人間が必要なのよ、彼女はそう小さく呟く。
『じんぞうにんげんって?』
『そうね、ロボットーー………と言ったら分かるかしら、あすか』
『ロボット、お母さんロボット作ってるの?』
少女が楽しそうにはしゃぐ。それを女性が優しそうな瞳で見つめている。少女はきゃきゃいいながら走り回った。静かな蒼い研究所に少女のとんとんという軽い足音だけがやけに大きく響いていた。

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HITOGATA 22話

「その通り。お前ら二人に助けられた礼をする為に来た」
「俺は、お前に何もしていない」
「助けられたのは、俺の恋人だ」
「………?」
楽も小さく首を傾げる。恋人…彼の記憶の中にはそう言う記憶長いのだ。二人のカップルを助けた記憶など。
「名前は?」
「瀬莉、だ…………」
「あぁ…依頼者の。そういえば、彼女の存在を忘れていた。お前は瀬莉の恋人なのか?」
風がまださわさわと吹いている。さっきよりは風がおさまって来たようだった。
「瀬莉は、母親を盗賊に殺されて記憶が吹っ飛んでいるんだ。その時の。だから、誰かに殺された、という記憶しか残っていない。そして、彼女は俺に言った……『私、誰かに助けて貰った。誰だったんだろう。二人組、だった様な気がする…』………」
「それで、か。お前の用件は」
楽は冷たく言い放った。いきなり、何処かを見上げる様に楽の顔が動いた。
「そんな話は、後だ……、飛鳥が危ない」
「俺も行く」
楽は瞬牙の事を軽々と抱き上げ、空へと飛んだ。そして凄いスピードで飛び始める。風が身体を切り裂く様に突き刺さる。楽は、この時間が永遠にも感じた。それほどまでに早く飛鳥の元へ行きたい、という思いだけで胸が詰まる。
もしかしたら其れは楽の感情なのかもしれないのだった。

「鳳………?其れは、誰」
「鳳は、偉大なるお方だ」
「分かってるわ、そんな事じゃない」
「鳳は、偉大なるお方だ」
飛鳥はぴっと鋭い視線を蜃気楼に投げつけてから、小さく呟いた。しっかりとディアンは聞いていた。
「完全に、操られている………」
けれど、操られている状態できちんと会話が出来るのは凄かった。それほどまで鳳という奴の力は凄いのだ。普通はぶらりぶらりと動かす事ぐらいしか出来ない筈なのに。
飛鳥は大口径の銃を発射した。
凄まじい音をたて、その弾はしっかりと蜃気楼の左胸に当たった。

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March 19, 2005

B. No/02

「あ」
目の前に【B】が居る。何処かに消えた筈の存在は、わたしの前に静かに佇んでいた。
異様に背の低い大学生18歳。手には白いスーパー袋の取手を握っていて、瞳は静かにわたしだけを見つめていた。
わたしに、焦点があっていた。

「Bじゃないのよ、どうしたの?高校生のおぼっちゃんは帰ったんじゃなかったのかなー?ユカ子お姉ちゃん、心配しちゃうぞ」
「…まだ酔っぱらってるんですね。高校生じゃないって言ってるでしょう。食料を持って来てあげたんですよ」
わたしの隣にえっしょ、と座り込むB。
食料、だなんてわたしは餌付けされる立場?酔っぱらっているくせに妙な所には気付く。
きっとそれがわたしの唯一の凄い所。他に自慢出来る所など無い。
「あんたは、優しい」
ビニール袋からいそいそとパンらしき物を取り出しているBに向かってわたし言った。
わたしは、地獄の底から這い上がって来た、誰にも救われず怨みの塊と化した女王。女王の奴隷でありながら、優しく手を差し伸べる兵。あたしあ、一生誰にも救われない予定だったのだけど。
「ありがとうございます。ほら、起きないと」
「ん…ぐぁへぃ」
気持ちの悪い呻き声を上げてわたしは起き上がった。猛烈な吐き気と頭痛が襲って来る。
思わずBの身体にとさ、と寄りかかった。Bは優しくわたしを抱き締める。
「ん…やっぱし、優しー………ふぁ」
もぐ、とパンを口に運ぶ。Bが袋を開けてわたしの前に差し出していた物だから、食らいついてしまった。
静かに夜が過ぎて行く。


「ユカ子さんは、彼氏と別れたんですね」
「あんた占い師?」
そんな馬鹿な、とBは笑った。明るくて、わたしの苦手な笑顔。駄目な行為をずっと続けて来た女王にはBの笑顔は辛すぎる。
「だって、すぐに分かりますよ。大抵そうですし…ちなみに僕は占い師、絶対無理ですね」
「うん、そうだと思う」
Bはまた優しく頬笑んだ。そして、優しく大きな掌をわたしの頬に滑らせて来た。わたしは目を瞑り、その温かい感触に身を任せた。

そして、Bがわたしの顔に顔を近付ける。
優しく、唇が重なる。

「僕、子供居るんですよ」
「……………っそ」
居るのにキスしやがってクソ。
「でも、相手が子供を産んでから育てる自信無くして。消えましたね、お陰で僕が面倒を見ています。今子供は実家に居ますよ」
それはお気のどく。と、それしか言わない。言えない。18でもう一児の親。
わたしには、女王には信じられない事実。
「じゃぁ、さよならユカ子さん」
「うぃ。ふぬ、ばいB…ねぇ、ちょっと今シャレたの分かった?」
「寒いですよ」


これから、わたしは何度でも出会う。そして出会う。出会う。
わたしは死なない。死なない死ねないだって大切な人が此処に存在する事を知ったから。
わたしは何度でも蘇る。これがわたしとBの【二度目の】出会いだった。

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March 09, 2005

わたしにとっての書くという事

わたしは、小説家になりたいです。
なんでなりたいのか、って聞かれると具体的な理由は無いので困ります…。「感動した!」という本はたくさんありますし、「この人がきっかけ!」というのは特にありません。
でも、小説を書いて小説家になりたい、というのがわたしの夢です(ちなみに卒業式で一人一言言わなくちゃいけないのが「小説家になって良い本をたくさん書きたいです←良い本てなに?」です…)

わたしが伝えたいな、と思っている事が少しでも相手に伝われば良いなと思う。
それが理由なのかもしれないです。
自分でもよく分からないし、まだまだ未熟ですが【小説】は書き続けたいと思っています(余計な事ですが、小学2〜3年の頃は漫画家に凄いなりたかったのを覚えています;)
読んで、感想を下されば嬉しいです。だから、ずっと書き続けていたい、と思っています。

えーと、次。「小説家になる為には何が必要ですか?」
13歳のハローワーク】なんかを少し見てみると、(うろ覚えですが)【色々な仕事が無理だったときの最終手段】の様に書かれていたと思うんです。
そうなんですか?と聞いてみる。
わたしはそうは思わないんですけど…
で、やっぱり小説家は才能ですか?努力すればなれるものなんでしょうか?
自分でもよく分からなくなって来ている今日このごろです。そのうち「小説とは何か」という議論に行き着く筈(笑)

この記事はいつもお世話になっていて多分これからも宜しくお願いしますであろう毎度のミナソコノ住人様、文字書きわーるど♪様、そして遥かなるサイメダに焦がれて様(トラバは初!です。ドキドキ)にトラックバックをしています。
ありがとーです。

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February 19, 2005

B. No/01

自分が、何処にも存在していないかもしれないなんて事実は考え始めたら、止まらない。
根本的にそう考える方がおかしいのかも、しれない。
わたしは、僕は。そんな事を真面目に考えられる程成長、していない。
揶揄され、怨嗟の声を投げかけられ、充分な言語を使えず、死にきれず、誤魔化すのを必要とせず、矮小な戦士のままで居続け、殺戮の嵐に呑み込まれ、いずれ、死す。
そして、死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで。

その後、死ぬのが怖くなり、また死ねず、蘇る。

地の底から、地上に、日の光を浴びようと、蘇る。わたしは、死なない。


くねちょ、と唇の触れ合う音がする。あまりの気持ち悪さに、顔を顰めた。吐き気が、する。せっせっせと家を拵え小学生に棒で砂掻き回されて結局無惨に壊れた蟻の巣の中に居る潰れた蟻より醜いですよとわたしは目の前の男と、今の行為を無視し、歩き始めた。
後ろから、【彼奴】が追いかけて来る。
「俺、本気でユカ子の事、好きなんだよ、だから……」
「来るんじゃ、無い」
わたしは、もう誰だかシラネェよ、な男を殴りつけ、歩き始める。足取りは軽快だった。心境は複雑と言って良い。卑怯な戦士や悪役は負けるのが当然と来ている。この後、わたしは不幸に見舞われる事だろう。
昔から、わたしは悪役だったのだから。
今やった行為は、別れ話を持ちかけると向こうがいきなり甘い口付け。まぁぶん殴ってやった。自堕落な生活をしているわたしには彼奴は似合わない。あまりにも似合わなさすぎる。
あの男には悪いけれど。

わたしは、行きていても死んでいる様な物。そして、蘇る。
地の底から固まった腕を伸ばし、誰も通らない道に向かって、助けを求め。

わたしの中の物語はとうに完結してしまっていると言うのに。完結してしまった物語の続きは精々後書きか、もしくは解説か。でも、その両方にも入っていないとしたら。わたしが、何処にも存在していない、という事を裏付ける様な証拠が堂々と目の前に置かれていたとしたのなら。
わたしは、どうする?


「…………僕ですか?」
「……そ。あんたに聞いてんの。他に誰が居る?あんた以外に此処の公園に存在がありますか?」
「初対面なのに、酷い言われようですね、僕。僕は、…」
「あ、あぁ。頭文字だけで良いよ、名前でも。あぁ、名字でも良い」
「……何でですか?」
「だってさぁ。その人の名前全て聞いたらその人自分の前から消えちゃうと思わない?思わない、絶対思うっしょ?だから、わたしは全部はぁ、聞かない訳」
「よく分かりませんけど。頭文字だけですか?名字なら、…Bです」
「おっけぇ。あんたは、Bだ。びぃ。わたしは、ユカ子だよ。柏木 由佳子」
真っ昼間から酒を煽り、ふらふらで寄った公園。ベンチに寝っ転がってニートやフリーターの様にうんうん唸り、失業の雰囲気を周囲に漂わせながら、誰も近付かないわたしの元に少年は、やって来た。
高校生くらいの、綺麗な男子。わたしが冷静に判断を下しているのは、酒が入っても理性は失わないからだ。けれど、酔っているのは身体が酔う事を望んでいるからだ。
何も無い空白に身を任せろ、不安定感を忘れ、其処に居ろ。
「ユカ子…さんは、僕に名前を教えるんですか?」
「あったりめぇじゃん、B。だって、あんたはもうどこにも行かないでしょ」
「……僕、これから用事があるんですが」
「行くな」
わたしは、彼の服をがっちり掴んだ。

優しいTシャツの感触、、だ。

「命令口調は、駄目です。人に頼み事をする時とかはもっ」
「訂正します。行かないで」
行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで。
わたしを置いて、何処かに消えないで。
彼の言葉を途中で遮っても言いたい言葉。行かないで。
「じゃぁ、5分です」
「うん…はい、分かりました。行かない、で」」
都合の良すぎるラブストーリーは破滅に向かう。小説最初の1ページで振られた女はハッピーエンドを手に入れる。
人生、完結してるのに。
わたしは、わたしで居る事を望む。

彼は、Bは、わつぃの頬を優しく撫でた。ベンチの前にしゃがみ込み、わたしの顔と同じ高さに彼の顔がある。
「痩せてますね。ちゃんとご飯食べてますか?」
「食べて……るわ、よ。わよわ……」
「…僕が、何か買って来てあげますよ」
わたしは、ふーっと長い息を口の両端から漏らし、わしゃとBの髪を撫でた。
「高校生でしょーー?お金の無駄遣いはいけないよ」
「…凄く失礼な事言いますね。僕、18ですよ」
「嘘っ」
わたしは大きく目を見開く。目の前の男は15,6にしか見えない。わたしより1つ年下なだけなのだ。
「……小さい」
「結構気にしてるんで、言わないで下さい。…じゃぁ、僕はもう行きますんで」
「…5分経った?」
「とっくに。じゃぁ」
「…………はい」


それが、わたしとBの【最初】の出会いだった。
ロマンも無く。でも、わたしの手には彼の髪の感触が残っている。
わたしは、彼の指にわたしの頬の感触が残っている事を願う。

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